へえーー? 新書って、軽いといけなかったの? ●干場
中央公論社より、『新書大賞2010」をご献本いただいた。新書(弊社は、『携書」だが)を発行している版元として、投票に参加させていただいているからだ。
ひとり5冊、簡単なコメントと一緒に投票するのだけれど、わたしが投票したもので、20位以内に入っていたのは、佐々木俊尚さんの「2011年 新聞・テレビ消滅」だけだった。(ランキング外で、津田大介さんの「Twitter 社会論』を推しているのが出ていたけど)
大賞は、考えてみたら当然の「日本辺境論』。ガ・ガ・ガーーン、こんな話題書を読み忘れていた自分に気づく。恥ずかし。これからそっと読むので、忘れてください(なんて、書かなきゃいいわけだが)。
2位は、『差別と日本人』。例の(!?)香山リカさんの『しがみつかない生き方」は、6位だった(あっ、これも投票してたかも)。
くわしくは、こちらをごらんいただくとして、『新書大賞2010」の本では、さすが中央公論!というそうそうたる面々が、特別に、それぞれの『2009年度のイチオシ』を語る。各人、個性があって面白いが、興味深かったのは、某氏の
「新書というのは本来、時間をかけて作られた、長く読まれるほんだったはず」みたいな(自宅に置いてきてしまったので、ちょっと曖昧な表現ですみません)発言。最近は、お手軽な新書ばかりでゆゆしきことみたいなことを、おっしゃっているかたもいらしたな。
へえーー、そうだったのか! 新書って長くとっておくものだったの!?
たしかに、新書は、戦前岩波書店が始めたものだし、その岩波新書の、アインシュタイン!の「物理学はいかに創られたか?」も遠山啓さんの「数学入門」も、その他諸々、何十年も前から、私の書棚にはあるし、そのいくつかは、息子の書棚に移動させた(もちろん、読むように勧めてのことだ。読んでいるかどうかは知らないが)。
でも、私がディスカヴァーでも新書をもちたい、と思ったきっかけは、そもそも『捨てる』を前提としたものだった(あっ、ごめんなさい、著者の方! 本エントリー最後までお読みくださいませ!)。
なぜならば、私自身が本を買うとき、何が障害となるかと言ったら、「収納場所』と『時間』だったので、その2つを解決すれば、もっと気軽に本との出会いが増やせるのではないかと思ったからだ。
「買ったら、捨てられなくなる。でも、書棚はいっぱい、やめとこうかな」と、「読み始めてつまらなかったら、時間を損しちゃうな。でも、通勤電車の中で読むには週刊誌よりはいいかな」というわけ。
本好きの常として(?)、洋服は捨てられても、本はなかなか捨てられない。本はただの紙ではなくて、そこに著者が乗り移っているように感じるからだろうか? かといって、ブックオフに売るのは嫌だ(ほんとうは、面倒なだけかも)。でも、文庫や新書だと、軽装なせいか、なぜか雑誌感覚で捨てられる(といっても、実際に捨てる本はきわめて限られるが)。
それと、電車の中で読むには、バッグの中に入らないといけない。
というわけで、新書サイズ。でも、『社会提案型の旬な内容を、携帯しやすいサイズで!』というわけだ。
新しい、ということは、時が経てば、新しくなくなる、ということだ。
時を経ても新しいことや、あるいは、あとで昔はこれが新しかったと、資料的な価値を持つこともあるだろうが、その多くは、一定の時を過ぎれば、使命を終える。
どういう使命かと言えば、書いてあることが、読者の血肉となり、実際の行動を変えることだ。物の見方を変えることだ。
21世紀は、知識から知恵の時代に、と、たしかドラッカーも言っていたと思うが、知識としてなら、長く保管して置いた方がいいかもしれないが(細かいことは読んでもすぐ忘れてしまうので)、読んだものが、自分の中でなんらかの結晶作用(古い言葉だ)を起こし、知恵に役だったのなら、その本は、立派に使命を終えたと言ってよいのではないか?
ともあれ、「新書大賞2010」のことに、話を戻すと、『新書とはかくあるべし」というのには、違和感を感じたとともに、あらためて、有限の時間の中で、読書というものに、自分を含めた私たちが何を求めているのかを、あらためて思い出したのだった。
そういう意味では、小飼弾さんのロングインタビューを掲載しているのは、おおー中央公論さんもバランスとってるじゃん、という印象を受けた。
弾さんは、絶対本捨てないですよね。だから、あくまでも収納スペース、不動産価値から、新書好きと仰っている。それと、速読のためにも、ふさわしいと。
以上の理由からの弾さんのハードカバー嫌いは有名で、写真では、文字どおり、『足蹴』にしているが、ほとんど、弾さんの意見に賛成のなか、この点だけは意見が違います。意見というか、好みというか。
古いと言われようがなんと言われようが、物体として、オブジェとして、あるいはアートとして、惹かれて買ってしまう本や雑誌もあるので。そういう本は、書棚に置いて、大切に保管している。中には読んでいない本もあるが、それでもいい。
ただ、それをさわるだけで、その本の世界に浸れるから。
本好きには、そう言う人多いと思うけれど、これは、ガンダム好き、鉄道好きとかよりも、さらにニッチな世界なのかもしれないな。
とまあ、そういうわけで、やっぱり美しいもの、ちょっとおしゃれなものの好きなわたしとしては、捨てられる本として位置づけたはずの『携書」も、結局、著者の思いを大切に読者にお届けしたくて、1冊ずつ装丁が異なり、さらには、原則、ミラーコートにグロス加工という、結構高級路線で、こちらのように、『捨てられない本」「書棚においても楽しい新書」となっているのであります。
(と、やれやれ、本エントリーも社長らしくまとめることができた!……かな??)





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