デザイン立国ニッポンは不可能じゃないはずなのに!! ●干場
先日は、世界的デザイナー川崎和男先生と数時間にわたって、お話させていただいた。もちろん、本の相談である。といっても、それは30分ぐらいだけだった気もするけれど。
川崎先生と言えば、あり得ないほど美しい車椅子が近代美術館に所蔵されていることや、最近は、医学博士でもあることから人工心臓でも知られているが、一般に有名になったのは、例の共和党のペイリン副大統領候補のメガネ。気がついたら、パウエル元国務長官とかヨン様とか、いろんな人がしていた!
で、知る人ぞ知るなのが、その刺激的な発言。
現実に生きている証となるのは、
あやしいと考える
自分がいることだ。
デザイナー、モノのつくり手としては、
モノを使いこなすための責任を、
所有したい、使用したいという欲望のある
市民側にも持ってもらいたい。
「誰もが使える万能なモノ」
などあるわけがない。
「つくる」事に無関心な人間は、人間であるということの認識、あるいは自己確認ができていない人間、すなわち、「生きている感動に行き着くことができない』ということを無意識のままにしている、ということです。
デザインとは、橋の形状を考えることではなく、
向こう岸とこちらの岸をつなぐ方法を考えることである。
機能的なものが美しいのではない。
美しいものは機能的なのだ。
いまちょっと手元のメモを写しだけでもいろいろ。
それはいずれ、本にさせていただくので、お楽しみに、ということで、この日、川崎先生がずっと吠えていらしたのは、デザイン後進国ニッポンということ。
曰く、モーターショーにベンツやBMWがこなくなった(おとなりの上海のに行くので、日本はスルー)、サムスンは呼ばれても日本の企業にはお声がかからない世界的デザインコンペ等々、デザインに対する認識の低さから、いつのまにやら、アジアのデザインの中心は韓国(と彼らが勝手に名乗りを上げたとはいえ)になってしまいそうな状況だということ。
日本に最後に残る資源は、文化だけだと思っていたけれど、もし、そうだとしたら、それも、自分たち自信による過小評価、くだらない内輪もめ、あるいは、自己主張の欠如と施政者のデザイン感性の欠如から来るデザイン関連予算削減などから、このままではかなりヤバイ状況の模様。
ヤバイと言えば、ヤバイ経済学系の、去年だったか一昨年だったかに売れた行動経済学の翻訳本に、明らかに、ソニーを大衆商品、サムスンを高級ブランドとして位置づけたうえでの例題があって、「いまは、アメリカでは、サムスンの方がソニーより、値段が高くても売れる高級ブランドなのか?」と思って、NY在住の日本人に聞いたら、「液晶テレビだけだよ」と1年前は言っていたが、それ、かなり認識不足だった。
巨大コングロマリットとなったサムソンは、今や液晶はおろか家電にもとどまらず、あらゆる方面で、日本勢を押しのけ、進出中とか。
どうした! がんばれ! 誇れ!(ソニーじゃなくて、日本全体へのエール)
というわけで、デザイン立国ニッポンのためにも!? 川崎先生の本を早くださなきゃ! と思うこの頃なのである。





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