正岡子規とツイッター小説とかけて何と解く? 〜NHK教育テレビがやってきた! ●干場
今日は、なんと、NHKの教育番組、『子規の明治28年」(仮題)という(来年NHKで「坂の上の雲」が始まり、で、正岡子規も大事な登場人物だもんな)日曜日の朝7時からの、おそらくは、高齢者向けの番組で、Twitter 小説集『140時の物語』(おお、もう、アマゾンでは、買えるようになっている!)をとりあげてくれるとのことで、弊社にカメラが入った。
もちろん、内藤みかさんも駆けつけて。
それにしても、正岡子規とツイッター小説!?
正岡子規は、たとえば、「せり」という、何人かで集まって、5分以内にできるだけたくさんの句を詠んでたのしむとか、俳句にゲーム感覚を取り入れたり、今で言うところの小ピーライティングとしての俳句をひろめたりとか、要するに、当時は新しかったのである。POP CULTUER 的というか。
で、いま、ツイッター小説という形で起こっていることは、それに通じるものがあると。
へえーーー、という感じ。
ツイッター文学大賞のことや、どうして、これを本にしようと思われたんですか? とか、ツイッター小説は文学として、今後、どうなっていくと思われますか? とか、いろいろ聞かれたので、まあ、いろいろ答えたが、多分、10秒ぐらいしか採用されないので、ここにちょっと書いておくと、
正直、これが文学と呼べるのかどうかまだ私は知らない。
ただ、では、文学って何なんだろう? それも私は知らない。
ただ、もし、それを、人間誰しも持っている表現欲求のうち、言葉で成すものであり、一方、それを楽しみたいと思う人々がいて、それらが重なったところにあるものだとすれば、今後、140字という制限の中から、短歌、俳句につらなるような一ジャンルが育っていく可能性はあるし、いずれにしろ、育てていくのは、既成の文学者でもなければ、わたしのような版元でもなく、読者であり、ユーザーであるということだ。
さらに、正直、まだ生まれたばかりの140字縛り。まだまだ、もっと磨かれていく、つまり、読み手にひろくなんらかの感動を呼ぶものとできる可能性を秘めていると感じる。それは、プロの作品を見ても感じることだ。
どうなるか、正直わからないけれど、ディスカヴァーとしては、ここから新しいスターを、読者、ユーザーが発見していくことのお手伝いができればと思っている。
ただ、あの〜、この番組企画、企画としては面白いけれど、テーマが正岡子規だし、時間帯から言って高齢者枠だろうし(私でも、日曜日は、9時からの日曜討論より早いのは見ない)、視聴者に、そもそもTwitter ってわかるんでしょうか? インターネットとかメールとか掲示板とかブログとかグーグルとか、ツイッター以前のこともおそらくご存じない方々(たとえば、うちの両親とか)に…。
さすが、度量のひろい、そして、実はもっとも革新的な、NHKである。





sumi改めsumikazです。
> 来年の大河ドラマは、坂の上の雲で……
大河ドラマではないような気が。
http://www.nhk.or.jp/sakanoue/
「Twitter小説」を、短歌と小説の間をとって「短説」と呼ぶ、というのを考えたけど、いまいちだなあ。「ツイ説」になっちゃうのかな。「ケータイ小説」は「ケー説」か?
投稿: sumikaz | 2009年11月 4日 (水) 19:38
sumikazさま
お久しぶりです! ご指摘有り難うございます。今、訂正しておきました!
引き続き、よろしくお願いいたします。
たしかに、ライトノベルもラノベだし、なんか、短縮あったらいいですね。ツイノベ(ツイッターノベル)かしら?
投稿: 干場弓子 | 2009年11月 4日 (水) 19:43