これの前の前のエントリーで、本作りの過程について、少しだけ触れたので、本作りの工程について、簡単に書いておくことにする(ただし、ビジネス書の場合。小説などとはまったく異なります!)
また、これは私が知ってる範囲のことなので、あら、こういうやり方もあるよ、とかいうのあったら、教えてください!?
1 企画・著者発掘/依頼
企画先行型(こういう企画で本を出したいが、誰に書いてもらうのがいいだろう?)の場合と、著者先行型(あの人に書いてもらいたいが、どういう企画がいいだろう?)の場合がある。
私自身は、そのミックスというか、常に複数の企画が漠然とした形で頭の中にあって、何かの拍子にそういうことを言っている人をテレビや新聞や雑誌やイベントやネットなどで見つけると、会ってみたりすることになるが、逆に、ともかく、あちこちに顔を出して、人脈を広く持ち、紹介を頼んだり、そこで、面白い人にあったり、思いがけない企画を見付けるという方法もあるらしい。企画というより、「人」先行というか。
ここで、すでに売れている著者の場合もあれば、ある分野では実績も能力もあるけれど本はまだ書いていない著者の場合もあり、後者の場合は「発掘」となる。
現実には、持ち込みとか紹介のケースも非常に多いようだが。
では、企画と著者の採用の決定はどうするのか? どなたかが、それは過去データ以外は怖くて決められないし、通らない、と書いておられたが、まあ、フツーはそうなんでしょうね。そのやり方でうまくいっているのなら、いいですね、それでどうぞ、としか言いようがない。弊社のような新参者の弱小企業には、ブランディング的にも得策とは言えないし、そもそも会社の方針というか、出版に対するビジョンの差だと思うので。
2 構成案・本のイメージの決定とライティング・コーチ
さて、実際に、執筆を依頼したら、まず、構成案を立て、それに基づいて、原則として、著者の方に原稿をお書きいただくわけだが、この構成案は、著者の方に立ててもらって、それにフィードバックさせていただいたりする場合と、編集担当者の方で立てる場合がある。後者については、自分で立てたい方に、最初から編集者が的外れな構成案を送って、怒りを買う、ということもあれば、構成案ぐらいそっちで立ててよ、という方といろいろのようだ。
私自身は、ご相談には乗るが、著者自身がお立てになるべきだと思っている。そうしないと、私自身の狭い枠のものしかできあがらないと思うので!
また、いま、「原則として執筆」と書いたが、ビジネス書の場合、本業で忙しい方や、本業に実績はあるが文章は苦手、という方のために、しゃべってもらって、それをテープにとり、ライターさんが書く、というのが非常に多いらしい。ただ、アメリカなどと違って、ライターさんの名前は表には出ない(アメリカの本を見ると、共著者となっていることが多いようだ)。
著者が実際に書く場合も、巨匠の先生だったりして一切手を加えないし、注文もつけたりしないで原稿をいただく場合もあれば、いろいろと相談に乗ったり、資料を揃えたり、原稿に対してフィードバックして書き直してもらったり、めげそうになるのをモティベーションアップしたりと、いわゆるライティング・コーチの役割を編集者がすることもある。添削してしまうこともある。
というか、このライティング・コーチとしての仕事こそ編集者の腕が問われる、というか、質を決めるというか、「求められる人」になるか否かを決めるというか、伝えたい対象の読者に最大限伝わりやすくするための、いわば編集の柱のひとつだと私は考えている。
なので、この過程を編プロなどに外注することもあるらしいが、弊社では論外。
3 原稿整理・タイトル決定
できあがった原稿をもとに、再度、タイトルの決定。ならびに、帯のコピーの決定を行いつつ、そもそも、本書の新しさ、世に出す意義は何かを明確にする。それにもとづき、章タイトルや小見出し等を編集の方で、付け替えさせていただいたりする。
このタイトルやコピーがいかに重要かは言うまでもないと思うが、一般の読者の方によく誤解されるのは、それらは著者ではなくて、編集者ならびにそれを許可する編集会議、あるいは、社長とか、つまり、出版社側で決定していることが多いということだ。
だから、以前も書いたことがあるが、他社の本のタイトルについて、あの著者はあざといとかと、著者の方が批判されたりしているのを散見すると、ああ、お気の毒に、と思ったりする。もちろん、著者の方ご本人による命名の本も少なくないと思いますが。
4 装丁方針とデザイナー決定と依頼、入稿
次に重要なのが、デザイン。これについては、この前の記事で書いたので、詳しくは省略する。タイトルと同様、本が店頭でまずは手にとってもらえるかどうかに、かなり影響する。手にとってもらってからは、中身勝負だったりもするが。
あと、本によっては、図版を版下やさんに依頼したり、イラストをイラストレイターに依頼したり、図解では、図での表現を考えてコンテを描いたりといった作業も行う。
5 校正・校閲
入稿後は、3回程度の校正作業が待っている。いわゆる誤字脱字だけでなく、文字統一(同じ言葉が漢字になっていたりひらがなになっていたりなどといった不揃いをただす)、事実確認(年代や名称などの違いとか、史実などの引用の間違いとか)など、いろいろ。弊社では、編集担当者自身、著者、プロの校正者、編集部の誰かの4人で、それぞれ、2回以上、延べ10回の校正をすることになるが、それでも、校正漏れが必ず生じてしまうから…なかなかむずかしい。
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ほかの分け方もあるのだろうが、弊社では、たとえば、業績評価などを行う機会には、上記の1〜4にわけて4分の1ずつ評価する。つまり、それぞれ寄与した人が違う場合があるので、寄与した部分を明確にして評価するわけだ。
要するに、何が言いたいかというと、編集と言っても、いくつかの要素があり、そのそれぞれがすべて、本の出来不出来、売上げなどを作用するということ。1冊1冊が、小さなプロジェクトの共同作業なのだ。
なので、こうして、印刷所からできあがった見本が届くときには、著者の方はもちろん、その本に関わったすべての編集者、デザイナーの方、校正の方など、みんなで感無量になる。
しかし!だ。
本作りはここで終わるわけではない。
本作りのうちの50%でしかない。
だって、本というのは、あらゆるコミュニケーションがそうであるように、相手に伝わってはじめて意味を持つ。読んでもらえなければ意味がない。そして、読んでもらうための第一歩として、そもそも、世界にその本が存在することを知ってもらわなければならない。それも、その本を求めている人に。
というわけで、従来の出版社では、取次に任せることによって、とかく軽視されがちだったマーケティング(単なるマーケティング調査のことではない! 丸善の小城社長もあちこちでおっしゃっている市場開拓という意味でのマーケティングだ)、パブリシティ、宣伝、書店での展開の営業、流通などが、本づくりの残りの50%だ。
だいたい、考えてみてほしい。年間8万点以上、月に7000冊もの新刊が書店さんに送り出される(ま、全ての本が全ての書店さんに配本されるわけでは全然ないが)。書店に納品されるだけでも大変なこと。
ましてや、面だし(背ではなく、表紙が見えるように並べること)にして並べてもらう、それを多面展開してもらう、ましてや、それを書店の中の一等地、つまり、いちばん売れる一番いい場所に置いてもらうのが、いかに大変なことか。
だいたいそういう場所は、一時期に、せいぜい100点ぐらいしか扱えない。店によっては、数点だ。だから、営業の力や報奨金(弊社では行わないが、大手では良くやるらしい)で、いい場所におけたとしても、動きが悪ければ、1週間もたたないで、引っ込められてしまう。
目立たない場所に差し(背が見えるように並べる)で置かれるならいい方で、即返品ってことだって少なくない。
書店さんの側に立って考えてみれば、当たり前のことだろう。
本は、できあがれば、自宅の近くの本屋さんにも必ず並ぶはずだし、あるいは、大きな書店の目立つ場所に置かれるはずなのに、置いていない!と最初は思われる著者の方が少なくないが、それは、現実として、「ない」。
そのためには、どこかで売れた!などの実績をつみあげていくしかないのである。そして、その実績の積み上げは、売れっ子著者の方でもない限り、営業や販促という機能なしにはむずかしい。
営業は、本と書店さんの客層や販売力などとのマッチングをデータなどで確認しつつ、書店さんといっしょに、その本を求めているであろう人に、最大限効果的に本が届く形を、その展開数、展開場所、展開方法などを工夫し、決める。
販促はメディアへの本や著者の売り込み、イベントの開催などが具体的な仕事になる。
つまり、広義での「マーケティング」そのものだ。
そして、それぞれに、その道のプロの担当を配し、それなり、というか、結構なコストをかけて行うことになるのだけれど、著者と読者をつなぐ、という本作りの作業の半分を担う機能となれば、当然だろう。
というわけで、以前書いた、私たちは、コンテンツクリエイトとマーケティングクリエイトを仕事としている、というのにつながるわけだが、ふう〜、なんか、こう書くと、出版社ってミリオンセラーでも出ない限り、実に労働集約的で儲からない仕事のように思えますね。そう思ったら、まだまだ書きたいことありますが、疲れたので、そして、お読みになる方はもっと疲れたと思うので、このへんで〜〜。