マーケティング過剰? 〜買い控えなのか? もう買わない気なのか? ●干場
以前、こちらの記事でも触れた『強欲資本主義 ウォール街の自爆』の著者の神谷秀樹さんにその記事でも書いた縁で、一時帰国(というか来日)の機会にお目にかかった。
いろいろとたくさんの「目からウロコ」と『共感』と「希望」をいただいたが、その中の一つをご紹介すると、
『経済の動向は、エコノミスト達の数字の分析より、
人々の行動を見ている方がよくわかる」
ということ。
そして、それは専門家でなくてもわかると。
素人が、『これって、なんかおかしい』と感じることは、本当におかしいのだと。
それが、かつては、ウォール街の強欲資本主義のただ中にいた人がおっしゃるだけに説得力がある。というか、机上の人でないからこそ、今もある意味、体を張っている人だからこそ、言えることだろう。
(*なお、彼は、いまもウォール街の資本主義の中にいるが、強欲資本主義とは十数年前におさらばしている。そのあたり、「強欲資本主義 ウォール街の自爆」をお読みの方はご存じだろうが、実は、彼が一番いいたいことが書いてあるとおっしゃるのがこちら→『さらば、強欲資本主義』。はい。お勧めです。熱くなります)
というわけで、すっかり前置きが長くなってしまったが、そこで自信を持った私である。つまり、素人でも、なんかおかしいと思うこと(たとえば、お金がお金を生んで、実体経済の何倍もになっていくのをみて、こんなの変、要するに資本主義ってネズミ講だったの? とか、みんな思っていませんでした? 経済の専門家みたいな人に聞くと、なんやかやって論破されちゃうから黙っているけど)は、やっぱり正しかった!?
そして、もうひとつ、人々の行動から経済の動向は見えてくるということ。
これについては、たとえば、車。
今はみんな買い控えているから、日本でもアメリカでも半減。ということになっている。でも、買い控えている、ということは、いずれどうしても必要になって買い換えるだろう、ということなんだけれど、ほんとうにそうなのか? いずれ、景気がよくなったら、こぞってみんな買い出すのか?
もちろん、車が必需品のアメリカと日本の田舎、そして、業務用の車については、買わざるを得ないだろう。しかし、それでも、以前のように、また、まだ乗れるのに、6年どころか2年ごとに買い換えるなんて時代が戻ってくるとは私には思えない。それがいいとも思えない。
だいたい、2,3年で買い換えるように消費者を誘導しなければ売上ゴールが達成できないようなモデルがおかしい。
車だけではない。技術革新であらたな需要をもたらすならともかく、ファッションよろしく、去年と同じものを使っているのがださいみたいな誘導で、ほしくもないものをむりやりほしい気にさせるマーケティング戦略、広告戦略なしに成り立たない成長は持続可能なシステムなんだろうか?
テレビや新聞、雑誌の広告収入が激減しているが、それは単に不況だからではなくて、「マーケティング過剰」に消費者であるこちらが疲れてしまってきているからではないか? あまりにも「買え、買え」といわれると、かえって買う気が萎えてしまうように。あまりにも選択肢が多すぎると、どれを買ったらいいか分からなくなって、結局何も買う気がしなくなるように(現在の恋愛・結婚事情と似ていなくもない)。
車について戻れば、これを機会に車を持つことをやめてしまう都会人。これまで複数持っていたのを半分にする人。もともと車を持つ気のない人は、確実に増えてい るように思える。たとえば我が家も秋に車を廃車にした。
社員もほとんど持っていない。お給料が安くて買えない、といわれそうだが、バブルの頃は、モルタルのアパートに住みながら車はBMWとかベンツのCクラスというのは冗談じゃなかった。中古なら無理すれば買えるはず。ただ、車のために無理する人が減っている。
そういえば、今年初めのの小飼さんの記事に、「車買えない? それとも買いたくない?」というのがあって、正直驚いた。記事の内容にではない。内容自体は、正直、ごく当たり前のことが書かれているように思えた。驚いたのは、その記事に、237ものはてブがついていたことだった。それって、どういうこと?
そりゃあ、レクサスとかベンツの大きいのとか見ると、すごいお金持ちなんだな、とは思うし、買いたいけれど買えない、という気持ちも少しはあるかもしれないけれど、でも、そういうのに乗ることの「かっこよさ」は、バブルの時代の空気を知っている私から見ると、何万分の一にも減っているように思う。ただ、買いたくても買えないのであきらめてしまっているだけにはどうしても思えない。そう、かっこよくないのだ。どうだろう? これは、私が感じているだけ?
この話を売れっ子ビジネス著者のHさんとしているとき、Hさんは、それは、男性のもてたい度が減ってきているからじゃないか?とおっしゃっていたが、ただ、日本と違って男子が草食化していないアメリカでも、同じ現象が起こっているという。(ちなみに、神谷さんは、さすがに車を持たないでは暮らせないので、持たない生活にはなれないが、それでも一家で4台あった車を2台にし、もう増やす気はないという)。
中国やインド、ロシアでの車の売上が落ちているのは、買いたくても買えないからだろう(アメリカへの輸出が激減しているので)。でも、そこにもすべて一巡したら(それから、そのあとは、南米やアフリカの人も、と)、どうするの? そもそも、石油が足りない。
朝日新聞の社説に、「日本の未来を左右する車産業」というような一文があったが、その「未来」は、ただいずれまた売れるようになる、ということではなくて、まったく石油を使わないで、そして、二酸化炭素も増やさないで(あ、トウモロコシはだめ。理由は、4月の新刊、「統計思考力」(仮タイトル)を見て)走る車とか、ともかく、いまとはまったく違う技術革新があったときでしかないと思う(そのすごい技術革新、実は、着々と進んでいるという話も神谷さんから聞きました)。
今はただの買い控えなんかじゃない(だから、いまGMやフォードに大金をつぎ込んでも、先が見えないと思うのだけれど……)。じゃあ、いまをどうするのか?
と、そんなときに、あの三洋が、この時期に太陽電池の工場を2つ造るという記事が出ていて、それはとても頼もしく感じているのでありますが……。





干場さま、初めまして。いつもブログ拝読しています。
「マーケティングは過剰なのか?」という点ですが、私たちの身の回りの情報が過剰になってきているのは事実で、総務省の調査によると10年前の410倍に増えています。そんな中、やはりいままでのマーケティング活動では効かなくなってきていて、「情報を増やす(加算)マーケティング」ではなく、「情報を減らすマーケティング(引き算)」に私は注目しています。
投稿: 尚美 | 2009年2月11日 (水) 22:52
尚美さま
プロのマーケッターの方に、素人考え、お恥ずかしい限りですが、コメント、ありがとうございます! そうですか。410倍ですか。そのような数字があると、より説得力がありますね。ありがとうございます。人は、処理できなくなると、その中から適当に選ぶこともせず、処理すること自体を放棄する、情報をシャットアウトしようとするような気がします。マーケティング過剰というのは、マーケティングの定義から、用法としておかしいけれど、「引き」があるかと思って、使ってみた、甲斐があった?なんて。
投稿: 干場弓子 | 2009年2月11日 (水) 23:18
干場社長さま
頭の中に、もやもやしていた、
車に対するイメージを
すっかり言語化していただき
ありがとうございます。
私も、ビッグ3にお金をつぎ込んでも、
未来が見えないと思っていました。
石油も使わない二酸化炭素も出さない車が
将来出来たら………
その車はちょっと乗ってみたいです!
(免許ないけど!)
投稿: joshiben | 2009年2月12日 (木) 01:09
千場さま
初めまして いつもブログを楽しみに拝読させていただいております
ご紹介いただいた「さらば、強欲資本主義」も読ませていただきました。まだまだ勉強不足のわたしには、ちょっと難しくもありましたが、疑問に想っていたことが「やっぱりそうだよね!!」と想え、なんだか勇気をいただきました
ご紹介ありがとうございました
さて、自動車業界の不振・・といわれていますが、うちのお客様でもあり、先日念願の仕事用の新車を購入させていただいたお店では、絶好調!だそうです
ご来店くださるお客様が、喜んでいただけたら♪と、不況といわれるこの時期に、外回りに綺麗にお花を飾ってくださっています(実は、かなりの金額になっています)
決して、「売り込もう」とはされません 「無理しないで」と諭されるくらいです
こういったお店さんが、(本物が)これからは極端な言い方かもしれませんが・・・世の中の時流に関係なく、「お客様との絆」を育みながら、発展されるのではないかな??と感じています
いつも、パソコンの前で「そうだそうだ!!」とブログを拝見しながら叫んでおりますので・・・今日は、思い切ってコメントさせていただきました
投稿: 花職人みっち~ | 2009年2月12日 (木) 18:55
ニーズだベネフィットだエクスペリエンスだとカタカナに踊らされている間に、「必要ない」モノやコトにまでお金使ってたことに、みんな気付いてしまったんでしょうね。
「無きゃ無いで、別に困らないじゃん」
みたいな、インサイト?(笑)
投稿: 課長007 | 2009年2月14日 (土) 17:48